SOAPRA製作STORY

1998年の冬のとある日、当時ソアラ1号に乗っていた頃、車関係で非常にお世話になっている”ひできさん”から電話が掛かってきた。その時の用件は単刀直入で一言、

「おいryo、ソープラ作るぞ」


なんていきなり言われたのがまず最初のきっかけでした。「僕の車ソアラなんすけど?」なんて言っても「いいんだよ、お前スープラ買え」なんてやり取りをしてました。その時は単純に面白そうだとは思ったけど、車もソアラだったんであまり大して気にしてませんでした。
ところが、その年の8月、首都高4号線でスピンしてしまい、ソアラを廃車にしてしまいました。事故った直後はソープラの話なんて全然覚えてなかったし、本気にもしてなかったので、とりあえずの足としてソアラ2号を買いました。そんな矢先、バイト先のMA70スープラに乗ってた先輩が結婚することになり、奥さんの方から「4ドアでターボ禁止」という指令が下されたので車を僕に譲ってくれることになってしまいました。そのスープラはほぼフルチューンという車でかなりハードに走っていたせいもあって、外装は塗装が剥げてる箇所もあったりで、先輩には「全塗装した方がいいよ」とは言われてました。そのスープラのまま、半年くらい乗っていたのですが、運悪く(と言っても自分が悪いんですけど・・・)スピード違反で捕まってしまって、60日の免停になってしまいました。

ふと気が付くとそこには
  • ベースの車がスープラになってる
  • 車の塗装がきたないので全塗装したい
  • 免停でしばらく車に乗れない
  • 前に乗ってたソアラ(2号)がある
おまけに
  • ひできさんのお店が腕のいい板金屋さんと一緒に組んで仕事を始めた
なんていうソープラを作るにはもってこいの状況が周りに出来てしまってた・・・

作業をしてくれたのは栃木県小山市にある「関東商会」というお店の橋本社長。とりあえず車を作るにあたって、自分のスープラと友人のもっちーさんのソアラの2台でお店に向かう。橋本社長が2台のいろんな箇所の長さを測って一言。

「うん、簡単だ。全然問題無い。」

ホントかよ?って思ったけど、まぁ、結果的にはホントだったからさすがだ。そんな訳でついに車を作ることが決定してしまった。

車を作ることが決まったら、今度は色を決めなきゃいけない。社長からは「とにかくいろんな色を見て『こんな感じの色』ってのを探して来て。そしたら色作るから」と言われて全塗装してる車が多く出てるVIP系の雑誌とかも良く見てました。




〜〜 現在更新中 〜〜






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